「音楽」も「物理」も妥協しない。音楽プロデューサー・市川豪人が理科大二部で見つけた、新しい社会人学生のカタチ

音楽プロデューサーとしてプロの現場で活躍しながら、東京理科大学 理学部第二部 物理学科で学ぶ学生がいる。市川豪人(いちかわ たけと)さんだ。

高校卒業後から音楽の道へ進み、23歳で大学へ入学するという異色の経歴を持つ彼。なぜ今、社会人として働きながら「物理」を学ぶのか。その根底には、単なる学び直しにとどまらない、音の質感を数式で紐解こうとする探求心と、夜間学部ならではの自由なライフスタイルがあった。

同じ第二部物理学科で共に学ぶ友人の視点から、彼の「理論×感性」のこだわりに迫る、ロングインタビューをお届けする。

音楽の現場から、夜の物理学科へ

──高校卒業後、大学へは進学せずに音楽プロデューサー・エンジニアとしての道を選ばれました。当時の決断と、そこから23歳までどのようにキャリアを積んできたのか教えてください。

市川:僕は昔から理系科目が大好きでした。数学や理科への興味を武器にして、中学の頃までは成績にも自信があり、都内の国立高校に進学しました。ただ、高校に入ってからすぐに、周囲全体が大学受験へ一直線に向かっていく空気に少し違和感を覚えるようになりました。受験を見越した解法暗記中心の勉強にも、自分の中でしっくりこない感覚がありました。

一方で、7、8歳の頃からジャズやブラックミュージックがすごく好きで、楽器も演奏していたので、高校時代は一度理系から離れ、音楽にのめり込んでいきました。

ちょうど卒業から1年たった中で、知り合いのシンガーソングライター、映秀。から送られてきた一曲をアレンジして返したところ、「すごくいい」と言ってもらい、そのまま採用してもらうことになりました。それが、自分にとって音楽を仕事として意識する大きなきっかけでした。

──そこから少しずつ仕事が広がっていったんですね。

市川:そうですね。そこから少しずつ、アレンジ、録音、ミックス、プロデューサーと関わる範囲が広がっていきました。エンジニアという役割は音楽を録音したり、仕上げたりする人のことですが、日本だと専業なことが多い一方、海外ではミュージシャンや作曲家が兼ねることが多いです。経験を重ねる中で、演奏者としての感覚と、音響や構造を考える理系的な視点の両方が自分の強みで、自分が音楽を好きになる理由には理系の様々な手法や知識が役立つのではないかと感じるようになりました。

高校卒業後に大学へ進学しなかったのは、音楽の現場で学べることがその時の自分にとって一番切実な進路で、そこで勝負してみたいと思ったことと、受験一直線の環境下で自分のアイデンティティとして音楽が成立していたことがあります。23歳までの期間は、決して計画通りにうまくキャリアを積んだというより、目の前の作品や人との出会いに全力で向き合う中で、少しずつプロデューサーとしての仕事が形になっていった時間だったと思います。

──社会人として音楽の仕事をしていく中で、23歳というタイミングで「大学に入り直そう」と思った決定的な理由は何でしたか。

市川:大きく2つあって、1つは自分自身があまりに若すぎてまだまだ仕事としていいプロダクションを提供するには、自分自身ならではのバリューとしても、精神性としても、修行が足りないと思ったことがひとつです。音楽の編曲やレコーディングはたくさんの人の助けがあって初めて成り立つ環境です。クリエイティブに対してお金が動くとどうしても当時の自分には耐えられない納期や、人間関係の悩みがあって、もう少し大学という場で自分の知見を広げてもいいかなと思うようになりました。

もう1つはさっきの質問と被るところもありますが、自分が音楽をやる中で、”この音楽好きだな”と感じるポイントが理学と深い関連性があったというところです。音楽自体の要素には和音・メロディ・リズムなどがありますが、自分はそれよりももっと、レコード音源の質感だったり、浮遊感のあるサウンドスケープ(聴く人に情景を浮かばせる色)だったり、録音の機材や楽器選びの恣意性みたいなところを重要視していることに気がついて、信号処理や電気工学、物理などの本を読むようになりました。

付け焼き刃に理系の専門用語を辞書的な意味だけで比喩として使うのは、どうにもマウンティングっぽくなってしまって、嫌だったので、具体的にちゃんと数式を自分のものとして理解したく、そのためには大学が必要だと明確に感じました。そこが大きな転機でした。

年齢の壁を溶かす「セッション文化」と仲間

──数ある選択肢の中で、通信制などではなく、理科大第二部物理学科を選んだ決め手は何だったのでしょうか。

市川:芸術や学問も同じで、人と人の関わりが1番大事だと思ったからです。音楽でも、スランプに陥ったとき、大概は周りの友達がどうそれを脱したか聞いて解決していました。理学も同じで、すごく難解で一人で腰を据えて考えたくなるような問題も多いですが、やっぱり人と生で議論して初めて楽しいものだし、理論も磨きがかかるんじゃないかと思っています。

興味をもったきっかけは信号処理や電気工学でしたが、何か裏で働いている確信的な規則みたいなものを理解したいという自分の意思は明確にあったので、理学部を探してはいて、そこで高校の先生に理学部第二部を教えてもらって、この学部のことを知りました。

──23歳での入学となると、同級生の多くは18〜19歳の年下になりますが、年齢が離れていて友達ができるかといった不安は入学前にありましたか。

市川:ジャズやブラックミュージックにはセッションという、共通言語となる定番楽曲を、みんなで楽器を持ちあって即興演奏する文化があって、自分も10代の頃からそれをやっていて。そこには4-5歳できかないくらいの年齢の幅が集まるし、18-19歳くらいのプレイヤーもたくさんいて、全くコミュニケーションに支障は感じなかったので、何故か友達が沢山できる自信があって、不安はありませんでした。

実際大学に入ってからすぐ友人もできたし、友人も”5-6歳歳上なことを忘れてた“と言うので、自分と同じくらいの年代の人でも気軽に入学を検討してみて欲しいなと思います。

──二部には現役生だけでなく、様々な年齢やバックグラウンドを持つ社会人学生もいます。この多様な環境だからこそ得られた刺激はありますか。

市川:自分自身は変な人生を歩んできた側の人間なので、むしろ、現役生の友人たちが妙に大人びてるように感じてしまってそこが刺激でした(笑)。

他にも5-60代の人がいたり、学生実験のプレゼンテーションを見ていると、そういう人はその人なりのバックグラウンドを活かした取り組みをしていたりするので、何かを始めることに歳をとりすぎているということなんてないんだろうなと思わされる毎日です。

──日中の音楽制作と夜の大学、普段の1日は、どのようなスケジュールで動いていることが多いですか。

市川:楽器の練習や制作は大学から帰ってきた深夜にやることが多くて、課題は日中にやっています。数理物理学に興味があるので、物理を使って理解できる数学は触りたいと思っていて、やることが多いのですが、考え込みたいものは深夜にやって、作業っぽさの強いものは日中にまわしています。もちろん早い時間帯に授業が入ることもあるのでそういう時は早めに寝ますが、時間管理は人によって自由に考えられると思います。

──会社員とは違うフリーランスならではの時間の自由がある一方で、仕事の納期と大学の課題を両立させるのは大変だと思います。自分を律するための自己管理のコツやルーティンはありますか。

市川:課題やレポートの中でも、重量系のものは、通話のアプリをつかって友達と議論しながら進めることが多くて、それは個人的にはすごく助かっています。音楽やクリエイティブの事は、保留にしていた楽曲のアイディアが急に思いついたり、逆に難航することもあるので、勉強や課題を友達の力を借りてルーティン化して、制作活動に余白を残すようにしています。

──それ、いつも僕と一緒に通話しながらヒーヒー言ってるやつですよね(笑)。

市川:そうそう(笑)。

物理の「再現性」が、音楽の「偶発性」を愛おしくする

──実際に物理学科で学んでみて、ご自身の音楽制作やクリエイティブな思考に変化やシナジーはありましたか。

市川:物理は理論にも実験にも再現性を重んじる学問ですが、それに取り組むことで、音楽には偶発性やある意味ちょっと雑に仕上げてしまうことの良さを感じられるようになりました。音楽制作の話で、一曲に取り組む中で見つけた課題は次の新しいもう一曲で解決した方がいいと言うのがあって、自分は頭でそれを理解していてもずっとこだわってしまう瞬間が多かったのですが、物理をやるようになってから、そういう作曲や録音のちょっとした心残りみたいな部分を愛せるようになってきた気がします。

反対に、物理や数学のような厳密な学問や、数式の発想にも、自分の言葉で理論を説明できるように解釈を広げていくことが大事で、それはかなり音楽と近いと思っています。数学には群という概念があって、その中では演算が閉じているというものがあるのですが、何となくそういう抽象的な概念が音楽理論やイメージとマッチして腑に落ちる瞬間があって、そういう時は物理をやっていたよかったと思います。

──今後、音楽と物理を掛け合わせて目指していきたいビジョンを教えてください。

市川:安易に音楽と物理を融合させるのは良くないと思っていて、それは自分の中で流行とか安易なミクスチャーに対する嫌悪感があるからなのかもしれませんが、それをやってしまうと、ただただ難解な構造物を作り上げて満足する、みたいな風になってしまう気がしていて、音楽の本来の目的である体を動かして感情を人と共有するという大事なものから遠ざかってしまうようにおもえてしまうのです。音楽にも音楽理論という厳密な理論がありますが、それに頼りすぎた音楽はあまり好みではありません。微分の歴史についての話で、最初は厳密な定義ではなく使うための手法として進化が始まったと聞いたことがあるのですが、それと同じで、音楽も物理もまずは五感を使って実験してみることからすべてが始まると思います。

物理を学んでいるときの自分の癖みたいなものが、曲について考えるときや、楽器を練習するときにも共通していることに気がついたりはしていて、そういう気づかない中での物理と音楽の相乗効果をもっと高めていきたいと思っています。

──最後に、年齢や仕事との両立を理由に、大学への入学(学び直し)を迷っている社会人の方へメッセージをお願いします。

市川:理学部第二部は日本で唯一と言っていいほど、仕事ややりたいことと理学の道を両立できる環境があります。少しでも気になった方、是非1度足を運んでみてください。

高校生でもなく、一般的な会社員でもない、フリーランスと夜間学生という特異で自由な立場。年齢の壁を越えた仲間と共に、生きた議論を交わしながら「働く」と「学ぶ」を自分流にデザインする。市川さんの歩む道は、一歩を踏み出したい社会人や現役生にとって、最高に刺激的な「新しい学生のカタチ」を示してくれている。

【プロフィール】

市川 豪人(いちかわ たけと)

東京理科大学 理学部第二部 物理学科 在学。都内の国立高校卒業後からプロの音楽現場へ進み、音楽プロデューサー、ギタリスト、アレンジャー、レコーディングエンジニアとして多岐にわたり活動。23歳で本学へ入学。ポップスにジャズ、R&B、電子音楽を融合させたサウンドを得意とする。音楽の「偶発性」と物理の「再現性」、それぞれの本質に真摯に向き合いながら独自のサウンドスケープを探求している。

■ 主な参加作品・代表作

  • 映秀。:「縁」「諦めた英雄」「東京散歩」(プロデュース・ツアー演奏・ライブ参加) など、気鋭のアーティストの楽曲制作やライブに多数関わる。
  • 和久井沙良:「Into My System feat.mimiko」「Morning Bread feat.mimiko」(編曲)
  • BLACK BERRY TIMES:「WHY」「愛をあげよう」など

■ SNS・楽曲リンク
市川さんの日々の活動や、実際の制作楽曲はこちらからチェック!

  • X:@1rnorx
  • Instagram:@1rnorx
  • note:@1rnorx
  • AppleMusic(市川さんが携わった楽曲。クレジットの都合上アルバム全曲は追加されていません。)

理学部第二部について詳しく知りたい方はこちらをご覧ください。

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