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重松清「トワイライト」

  • 2010-01-31 (日) 20:49
  • 書評

1970年3月14日から同年9月13日まで開催された大阪万博。今では当たり前になってしまった未来が、そこにはあった。その未来を見つめる少年、それが本書の主人公だ。のび太と呼ばれるその少年は、小学生を卒業するとき、クラスの皆と一緒にタイムカプセルを埋める。そして数十年が経ち、ついにタイムカプセルを開けるときがやってきた。あの頃の自分では到底想像することのできない現実という大きな壁を目の前に、主人公含め同級生一同、複雑な気持ちに悩む。

壮絶とは言えずとも、冷めた修羅場が多く登場する作品であった。何も考えず、ただ遊んでいた小学生時代と、考えてもどうにもならない厳しい現実が、なんとも言えないコントラストを生んでいる。哀愁とも似つかない悲しみが、終始、作品に漂っていた。

ただ、何故だか、温かい。困難を乗り越え新しい未来を開く事ができた、などというありきたりなハッピーエンドが用意されているわけではないのに、読了後は「明日も頑張るか」という気持になる。そういった、言葉にできないエールを描き、読者に伝えることに関しては、この作者にかなう作家はいないのではないだろうか。

ほんの数日間を描いた作品だったが、密度の濃いストーリーであった。多角的な視点から描かれているが故に、その濃密さを感じるのだろう。「あの頃の子供」が「大人」になった時の、悲しくて、切なくて、苦しくて、あきらめそうになって、頑張って、それでもあきらめたくて、そして、ほんのり温かい、そんな話だ。

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