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蝉の声を聞きながら

八月十五日。一年に一度くらいは、日本国民であること、天皇の存在、そして、戦争について考えみようと思う。終戦記念日である。
私の生まれたまちは、日本最後の空襲を受けたところだった。
ヒロシマ・ナガサキの恐怖を経てなお、終戦を出さなかったが故の、焼け爛れたまち。そこでの判断の経緯であるとか、どうやって襲撃地を決めただとか、そういったことは歴史の授業でも伝えられる。しかし、「実際に戦争を経験した」人たちがいなくなってしまうこれからの時代を思えば、私たちがなによりも大事に伝えてゆかねばならないのは純度の高い恐怖であり狂気であり、「もう二度と戦争をしない」という決意である、と思う。
「あなたは戦争を知っていますか?」
小学校3年生の頃の担任の先生がアンケート用紙で聞いてきたことだ。当然のように「知っている」と回答した私たちに対し、先生はこう言った。「私は戦争を知りません。どういったことが起こったのかを知識として知ることは出来ても、戦争を経験された方たちのもう二度としない、という重さを実感したことがないからです。」
その言葉を胸に、いろんなものを見た。焼け爛れたコンクリートの建物を見学し、不気味な冷たさを感じながら、かつては折り重なっていた死体の存在を聞いた。赤く浮かび上がる前掛けの、首がない地蔵が連なっているのを見た。爆弾の爆風だけで、首が飛んでしまうという威力におののきながら、迎え撃った小さな大砲を見た。同い年の少年が着ていたという、どうみても小さな防護服をあてがってみた。胸には爆弾の破片で開いた穴があった。私たちが遊ぶ公園の横の広い広い空き地には有刺鉄線が張り巡らされ、そこには不発弾があった。この時期には祖母の言葉が思い出される。空襲地より離れた場所にいた祖母の言葉。「あの町は夕日よりも真っ赤に染まっていてね・・・」。私は想像する。私が通い、遊び、暮らした町がすべて跡形もなく焼け、吹き飛ばされてしまうことを。友達や親族が誰かを殺し、殺される姿を。
「戦場を語っても、戦争は止まらない」
私たちが、これら惨状を知っていても無力かもしれない。戦場の無慈悲さは戦争を止める理由としてはとても弱い。どうしたって倫理を超える力によって戦争は起こってしまう。それでも願ってしまうのだ。荒唐無稽な祈りでさえも、共有してくれる世界の人々を信じて。

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書評

重松清「半パン・デイズ」

大人になってからの6年間と小学生時代の6年間は、同じ数字なのに、その密度が大きく違ってくる。これからの私達が送る6年間は、いわゆる経験の積み重ねにすぎないのだろうが、彼らの6年間はまさに学びの塊なのであろう。空を [...]

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