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油とパンとOK

外国人観光客に英語で尋ねられたことがある、「どの駅で降りれば大仏を見る事ができますか」。通りすがりの外国の方に英語で尋ねられたことがある、「馬喰町はここからどうやって行けばいいのですか」。外国の家族に尋ねられた事がある、「マクドナルドは近くにありますか」。私はこれらの答えを知っていた。だが、答える事はできなかった。中学1年生から大学2年生まで、計8年間英語を学んできたのにも関わらず、私の口からでる言葉は一言「I don’t know」。

日本の英語教育は主に書く事と読む事、そして聞く事に重点がおかれている。昔から「読み書きそろばん」と言われているように、日本人にとって言葉とは読んで書ければいいという風潮がある。もちろん、日本人である以上、日本語を話すということには困らないが、母国語以外となると急速に「話して伝える」という概念が消えてしまうようだ。高校時代、リーディングとライティングという英語の授業を受けたことはあったが、スピーキングという英語の授業を受けたことはなかった。

コミュニケーションの中で最も大事な事は相手との意思の疎通である。英語で話す事ができなければ、外国の人とコミュニケーションをとることができない。近年のグローバル化に備えて英語を学んできたつもりだが、どうやら大切な事を見失っていたらしい。8年間の集大成が「I don’t know」だったなど、喜劇王チャップリンでさえ苦笑いだ。

日本人には生まれながらにして持った寡黙の美徳があるらしい。騒がしく物事を伝えるよりも、より端的に、より静かに物事を伝える方がよいとされている。日本語を話す時でさえ、より少ない言葉で伝えようとする。ましてや、普段の生活で使う事のない英語となれば、沈黙は目に見えている。答えが分かっていても、答える事ができなくなってしまうのだ。どうやら日本人の性質といったものが、英語でのスピーキングを邪魔しているようだ。

先日、スーパーの中で声をかけられた、「ドコ?オー、ベレェド」。「アブラ?油はこちらです」。「ノー、ベレェド」。「ブラッド?あ、ブレッド、bread」。「イエス」。「OK」。私はパン売り場を案内する。その人は、うなずいて「Thank you」といい、私の背中を叩いてみせた。人生で初めて外国の人と日常的なコミュニケーションがとれた瞬間だった。「OK」と、たった一言のスピーキングだったが、私にとっては大きな一歩のようだった。

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書評

重松清「半パン・デイズ」

大人になってからの6年間と小学生時代の6年間は、同じ数字なのに、その密度が大きく違ってくる。これからの私達が送る6年間は、いわゆる経験の積み重ねにすぎないのだろうが、彼らの6年間はまさに学びの塊なのであろう。空を [...]

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