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ちっくしょう

電車から降りると小・中学校時代からの友達に出会った。久しく会ったのにも関わらず、昔と同じように話せたことに嬉しさを感じる。しばらく歩くと駅のホームで酔いつぶれた青年が焦点の定まらない視線をこちらに向けていることに気づいた。

青年はテニスラケットの入ったバックに体重を預け小さく揺れていた。突然、「よぉ」と、僕の横にいた友達が青年に声をかける。急な出来事に僕は状況が飲み込めなかったが、すぐに理解した。彼は、中学校時代からの友人だった。テニス部だった。

酔いつぶれた青年は重たそうな体をこちらに向け「久しぶり」と言った。僕も返事を返した。青年は体を起こし、僕の横に立って一言、「覚えてないかもしれん」。

青年はだるそうに体を動かしながら僕と一緒に歩き、階段を上り始める。3人でこうして笑いあうのは本当に久しぶりだ。昔の事は話さず、現況報告が話のネタである。3人といっても、酔った青年はほとんど何も話さずつらそうに階段を上る。

「ちっくしょう」

それは、青年が中学生の頃よく口にしていた言葉だった。「く」の前に息を詰めて、語尾をほんの少しあげて言うその言葉を僕は5年ぶりに聴いた。

時が経っても彼が彼であったことが、嬉しかった。

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書評

重松清「半パン・デイズ」

大人になってからの6年間と小学生時代の6年間は、同じ数字なのに、その密度が大きく違ってくる。これからの私達が送る6年間は、いわゆる経験の積み重ねにすぎないのだろうが、彼らの6年間はまさに学びの塊なのであろう。空を [...]

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