Home > 芸術鑑賞 > フェルメール展?光の天才画家とデルフトの巨匠たち?

フェルメール展?光の天才画家とデルフトの巨匠たち?

ヨハネス・フェルメールという画家を初めて意識したのは、現在も放送中の『美の巨人たち』という番組で、同氏の『牛乳を注ぐ女』を特集した回を観たときだ。一見写実的に描かれたその絵画に、緻密な計算に基づいた構成と、実際に写るものよりも見栄えを重視したいくつもの工夫が施されていると知ったとき、彼独特の光の描き方も手伝って、一瞬にして私の心を虜にした。それまでピカソやゴッホといった著名な画家の作品をみても「他人でも描けそう」なんて感想を抱いていた素人の私に、初めて「この人にしか描けない」と思わせた運命の画家だった。

そのフェルメールは残した作品の少なさでも有名であるが(現存するものでわずか30数点余り)、今回開催される展覧会ではそのうちの7点もが一同に出品されるという。場所は東京、上野。もちろん、行くか行かないかなどという迷いは微塵も生じない。選択肢は初めからひとつである。ある晴れた日の午後、私は上野に足を運んだ。

前述の『牛乳を注ぐ女』でもそうだが、フェルメールの作品には「左側に窓のある部屋と、その住人」という構図が非常に多い。それらの作品中の人々は机に向かって手紙を書いていたり、昼間から飲酒を楽しんでいたり、楽器を奏でていたりと、思い思いの日常を過ごしている。こうして文章にすると、さもありきたりな絵画に解釈されるであろう。だがフェルメールが描くことで、これらのごく一般的な日常の光景は深いドラマ性を帯びた作品に豹変する。

『手紙を書く婦人と召使い』の婦人が書く手紙は恋文だろうか。熱心な婦人の後ろで、召使いは何を思って窓の外を見ているのだろう。婦人の恋の行方を案じているのか。いやむしろ「早く書いてくれないか」などとでも思っているのかもしれない。『リュートを調弦する女』でも、女性の視線は窓の外にあるが、調弦の手を休めるほど何かめずらしい光景でも見えたのだろうか。窓から射し込むやさしい光と照らされる彼女の表情から、それが決して不快なことではないのが想像できる。それとは対照的な色の、くすんだ背景に描かれた地図には何か意図があるのだろうか…。

どの作品にも共通するのは、その作品の描く一瞬の「静けさ」だ。今回の展覧会では、フェルメールの故郷であるオランダのデルフトを代表する画家の作品も多数出品されており、そうした作品からもフェルメールのそれと同様の感覚を味わうことができる。どんなに繊細な描写の中にも、庶民の生活を題材とした作品ならではのやわらかさがあり、それらの中から私好みの作品もいくつか発見できた。だがやはり…と私は思う。「だがやはり、フェルメールは凄い」。

フェルメール展?光の天才画家とデルフトの巨匠たち?
場所:東京都美術館(上野公園内)
期間:2008年8月2日(土)?12月14日(日)
詳細URL:http://www.tbs.co.jp/vermeer/jpn/

Home > 芸術鑑賞 > フェルメール展?光の天才画家とデルフトの巨匠たち?

書評

重松清「半パン・デイズ」

大人になってからの6年間と小学生時代の6年間は、同じ数字なのに、その密度が大きく違ってくる。これからの私達が送る6年間は、いわゆる経験の積み重ねにすぎないのだろうが、彼らの6年間はまさに学びの塊なのであろう。空を [...]

その他のコンテンツ(随時更新)
その他のコンテンツ(サボり気味)

Return to page top